​令和2年釜敷地蔵尊供養会

​令和2年4月8日(水曜日)

 10時30分より
釜敷地蔵尊供養会を勤めます。

​当日は午前10時より午後3時まで織田信長公より賜る宝物を公開します。

釜敷地蔵尊を供養し参詣者の家内安全身体健康を祈願して、御札を配る、簡素な法要です。屋台やイベントもありません。

勝念寺(かましきさん)

京都市 駒札

浄土宗知恩院末の当寺は織田信長公が深く帰依した聖誉貞安上人により天正十五年(一五八七)に開創された。

本能寺の変で信長は本能寺で、嫡男信忠は御池御所で自刃した。正親町天皇の勅命により貞安上人は信長・信忠父子の菩提を弔うため信忠自刃の地である御池御所を賜り大雲院を開創し、同時に時の天下人豊臣秀吉公の城下町である伏見丹波橋に一寺を開創して安養山勝念寺と号した。

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貞安上人が織田信長公より安土で賜った仏像が伝わる。

釜敷地蔵尊は地獄で釜茹の責めに苦しむ亡者に代わり自ら釜の中で苦を受ける身代地蔵尊である。「かましきさん」として江戸時代より信仰を集めている。

閻魔法王自作像は平清盛の頃、閻魔が慈心坊尊恵に自刻して授けた慈悲相の小像で、詳細な縁起が付属する。

また多羅観音(緑度母)は観音の涙より生まれ、女性の身のままで成仏すると誓った女性尊である。チベット仏教の仏像としては日本で最古に属する仏像と思われる。

天明伏見義民の一人柴屋伊兵衛は直訴に際し死を覚悟して永代回向料として藪地を当寺に寄進し、両親と先祖の墓を残した。

当寺は小規模ながらも信長ゆかりの仏や伏見の逸話を今に伝える貴重な寺である。

京都市

Shonen-ji Tenple(Kamashiki-san)

Shonen-ji Temple was founded in 1587 by Teian Shonin,a Buddhist priest revered by Oda Nobunaga.

The temple houses a Buddhist image said to have been presented to Teian by Oda Nobunaga.   

The statue is of Kamashiki Jizo-son,a Jizo Bosatsu deity,and the temple is popularly known as Kamashiki-san.This deity  enters Hell to take the place of dcceased people who are being boiled in iron pots(kama-yude) as punishment for sins committed in life.

Ennma Ho-o Jisakuzo is a small statue carved by Enma himself(the Lord of Hell) and given to the priest Jishinbo Son`e when he visited Hell.The priest was restored to life, holding the statue in his hand.

Tara Kannon is a Buddhist deity born from the  tears of Kannon.

      

Shonen-ji Temple holds the graves of the parents and ancestors of Shibaya Ihei. He was one of seven Fushimi Martyrs who appcaled directly to the shogunate in 1785 about the malfeasance of the local Fushimi magistrate.

Shonen-ji is a temple with various tales about statues relating to Oda Nobunaga, and the Fushimi district             

Kyoto City

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勝念寺は「かましきさん」として「通称寺の会」に参加しています

​織田信長公より開山貞安上人に賜う

織田信長公賜 閻魔法王自作霊像

◎平清盛の頃、摂津の国の清澄寺の慈心坊尊恵が閻魔法王より自作の閻魔像を賜り翌日蘇生しこの像を掌中に握っていました。その後、伊勢大神宮の参詣の後、伊賀上野に立寄り十王堂に此の閻魔像を安置し勤行して往生しました。数百年後、織田信長公が伊賀上野に鷹狩に来た時、この閻魔像を拝見し城中に安置し信仰し、その後、貞安上人が信長公より賜り勝念寺に安置しました。

此の像は、閻魔の真の心を伝えるため閻魔自身が松材にて慈悲の相に彫り、尊慧に授けたという、手に握れるほどの珍しい小像です。

​織田信長公より開山貞安上人に賜う

◎身代釜敷地蔵尊は、地獄で釜茹での責めに苦しんでいる人の身代りとなって、自ら煮えたぎった釜の中に入り、地獄と此の世で苦しむ人の苦を取り除き、幸せへと導いてくださるお地蔵さまです。

 

身代りとは「代受苦」「抜苦与楽」ともいい、他人の苦しみを抜き除いて楽にしてあげることです。古来どれだけ多くの母親が危篤のわが子の枕元で、自分の生命と引き換えでよいから、どうぞこの子を救って欲しいと神仏に祈ったことでしょう。まさに代受苦の願いです。


この母の心を我が心とされた仏様こそ、身代り釜敷地蔵尊です。

「かましきさん」として江戸時代より信仰を集めています。
 

身代釜敷地蔵尊(かましきさん)

​織田信長公より開山貞安上人に賜う

織田信長公賜 金銅多羅観音菩薩坐像

◎多羅観音菩薩(金銅天竺仏坐像)は、多羅とは梵語で瞳を云い、苦しむ衆生のあまりの多さに観音菩薩が瞳から流した涙から多羅菩薩が生まれました。

また多羅菩薩は女性の身体のままで成仏するという誓願を発し、これを実現した女性尊とされます。
 
その為、女性の姿をして、ふくよかな胸を示し、苦しむ衆生を直ちに救済に行けるように右足を前に出しています。
 
多羅仏母、救度仏母とも言われ、お母様のように親しみやすく、小さな悩みごとも聞いて頂ける仏様です。戦国時代に異国よりもたらされた大変珍しい観音様です。

身 代 り 蛙

◎身代り蛙は、当寺に祀られている身代釜敷地蔵尊の「身代わり」の言葉より

 みがわり→かわる→かえる 

の語呂合わせで置かれています。

近年 蛙の写真を撮りに遠くから来られます

萩振る舞い

◎最近境内に十数種、約百株の萩が植えられ、9月の萩の見頃には道行く人に自由に萩を見て頂くため、萩を振る舞う「萩振る舞い」として門を開放しています

交通案内

所在地
 〒612-8319
   京都府京都市伏見区石屋町521
       勝  念  寺

 

最寄り駅

  

京阪丹波橋駅下車 北改札口より

丹波橋通り西(左)へ200m南側

 

近鉄丹波橋駅下車 改札出て左へ

京町通り北(右)へ初めての信号西(左)

丹波橋通り西へ200m南側

     

駐車場 4台  近くにコインパーク有  

お問合せ

◎境内の拝観は、午前8時より午後4時まで自由にできます

◎身代釜敷地蔵尊は地蔵堂前にて、 
 午前8時より午後4時まで自由に参拝できます

◎閻魔法王自作霊像、及び他の仏様は原則非公開です

 しかし春と秋に日を限って公開しています
 公開日時はHPブログやSNSでお知らせします


◎天明義民柴屋伊兵衛墓所は当寺墓地入口にあります

◎「萩振る舞い」萩の花の見頃(9月中ごろ)には

   門を開放して、どなたでも見られるようにしております

◎御朱印は住職の居る時にさせて頂きます。  
 団体の場合は前もってお知らせください。

◎身代釜敷地蔵尊・閻魔法王のお札はお問い合わせください

お問合せメール

 浄土宗 安養山 往生院 勝 念 寺
 〒 612-8319  京都市伏見区石屋町521

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